シドニアの騎士

1巻から11巻までの感想。

人類とコミュニケーション不能なエイリアン・ガウナによって地球を滅ぼされ、人類という種を残すために太陽系外へ脱出を決行した人々の戦争の物語。俺が知ってる範囲内での類似作品だと、マブラヴの地球放棄シナリオに雰囲気は近いだろうか。個々の戦闘には勝利しているにも関わらず、どうにも先が見えず全体的には暗い見通しを捨て去ることができない。主人公の英雄的な活躍で沸く一方、戦闘に勝利していることそのものを問題視する派閥も存在する。しかし、どんなに困難な状況に落ちいっても断固たる態度で厳しい状況に挑む者が無くなる訳でもなく、そうしたキャラクターのあがきもがく姿こそが、このマンガの核である。

このマンガの魅力の一つ目は戦闘シーンである。継衛と呼ばれる人形の戦闘機はこういうSFマンガではお約束だが、鋭角のデザインは抜き身の刃を彷彿とさせる。主人公・ナガテはちょっとした事情から継衛の操縦にはすさまじい才能を見せるのだが、主人公が強くて何が悪いといわんばかりの八面六臂の働きぶり。作中段階では旧式になっている機体でこそ真価を発揮したり、一機しかない試作機に乗って緊急事態を回避したり、試験中の試験兵器で無謀とも言える超長距離狙撃を成功させたり、一巻に一回は見せ場があるので、コレで滾らない方がどうかしている。

さてそんな超越的活躍を見せていれば、パイロット仲間は言うに及ばず様々な人から好意を抱かれるようになるのは必然の理である。普通(?)の女の子っぽかったけどこういう末期戦モノで序盤にフラグ立てればそりゃそうなるよねっていう星白、SFらしい男でも女でもないリバーシブルで中性的魅力プンプンだったけど10巻あたりからメガ進化したイザナ、そんでもってイザナ君さんとの恋の鞘当てに終わるか否かに注目の集まるゆはたん。

主要キャラだけでも相当濃いメンツだけどサブキャラも入れだすとヤバい。熊だけど熊じゃなかったヒ山さん、シスプリ顔負け仄シリーズ、11巻あたりになって人外巨人やらツンデレロボットにまでモテだしてしまい、もはや何が何だかわからない。エロゲかよ!

ナガテの魅力だが、単に強いからモテるわけでもない。彼は特殊な出生ゆえにか、シドニア目線ではひどく素朴な性格になっている。ハーレムものの主人公は鈍感なのがお約束だが、ナガテの愛が特定個体に今のところは向かないのには理由がちゃんと設定されている。敵対する者ですら自分自身の愛の対象なのだと宣言してしまうほど、彼のタフネスさはどこまでも純粋で素朴である。未来に対して迷いが無い故に強く在れるのだろうが、未来に対してどうしても諦観を持つざるを得ないシドニアの民からすれば目映く見えるのは自然なことなのかもしれない。

終わりの見えない戦争してるので基本は暗鬱なストーリーだけど、ナガテとゆかいな仲間たちのラブコメがいい感じに挟まっているのがこの作品の魅力の二つ目。いくら危機的状況下だからといって、人間の営みが無いわけではない。日常の空気というか、どんだけ未来になっても、どんだけ技術が今の我々からは隔絶したものになっていても、人の暮らしが消えて無くなるわけではない。ラブコメのどんがらがっしゃんもまた同じ。

緊迫した戦争とドロッとした水面下の政治的構想との合間に、シドニア目線での「普通」が様々な形で描かれる。フィクションであるにも関わらず、異質な普通が現代との連続性があるかのように錯覚してしまう。これは作者のSF作家としての器量の高さを示していると思われる。

シドニアの騎士 1 (アフタヌーンKC)

シドニアの騎士 1 (アフタヌーンKC)