劇場版ペルソナ3 #1 Spring of Birth

すごい面白かった。

比較的に思い入れのある作品の映画なので、思い出補正がかなり強めにかかっている、という自覚はある。それでも、原作のダークな雰囲気は良く描けているという再現度と、本編ではやや分かりにくかった部分を映像作品の利点を生かして補強している点は、ファン目線を除いたとしても良く出来ているのではなかろうか。

P3のテーマの核にあるのは、死。そのおかげで全体的にお通夜な雰囲気漂いまくりなので、カラッと明るいP4の方が好まれるのは仕方が無い。しかし、だからこそP4に対するダークサイドとしてのP3に価値がある。喪失、恐れ、悩み。登場人物の大半は過去、両親との死別など重い過去を背負って生きることを余儀なくされている。映画の1章では導入部なのでそういうシーンは少ないが、物語が進むに従ってそれぞれに乗り越えるべき壁が立ちはだかるわけで……そこでの彼・彼女らがいかに恐怖を糧に燃焼するのかが、P3の見所である。

そして死や無気力さを最も良く表現しているのが、主人公ことキタローである。名セリフ「どうでもいい」がこのキャラをよく体現すしているわけだが、まさかこんなにボンヤリさんだったとは、想像を遥かに超えていた。眼前に死の恐怖が差し迫っているというのに、それにすらも無関心であるかような、アンニュイな言動。ゆかりや順平が差し迫った表情や言動だからこそ、キタローの異様さが際立って見える。

キャラクターでいえばゆかりがこんなにかわいいとは知らなかった。いやね、ゲームの序盤の印象だとややヒスっぽくてツンケンしてる感じじゃないですか。その後の進行知ってるからまた印象変わったのかもしれないけどね。彼女なりの覚悟の表れで、それゆえの焦りから来る行動なのだから、と。キタローに対して、頼まれたからという理由で戦って欲しくない、と怒ってみたり、いつかそのままいなくなってしまうのでは、心配したりするシーンとか、最高じゃないですか。あとは本編でもあったけど荒垣先輩に優しいんですね、と言って睨まれるのとか、

バトルシーンは初回のキタロー覚醒とタナトス登場は素晴らしかった。緊迫感が一つのカギで、やはりボーッとしてるキタローと、こんなところでやられたくないと焦るゆかりが対照的である。そして、ゆかりは戦わなければならないと頭では理解していても、トリガーを引くことが出来ない。ここでも作品の根幹テーマにある恐怖が顔をのぞかせるのだが、一方でキタローはごく自然に銃口を頭に当てる。死を恐れないからなのか、おぞましいペルソナが出現し、暴虐の限りをつくす。これで引き込まれず何に引き込まれよというのか。

映画として再構成するに当たり、要約したりゲームで分かりにくかったところや描写不足気味だったところを補強しているのも興味深い。大きなところだと、暴走列車をキタローがなんとなく停車させるところは友近が居なければ危なかった、とか。物語冒頭でキタローが改札出たところで影時間入りして寮まで何事もなくテクテク歩いているが、彼曰くずっとそうだったから、というのは個人的には驚いた・・・・・・驚いたけど、納得もした。それと、各種コミュをチラ見せしておくのを忘れないのもファンには嬉しい配慮である。

果たしてここからキタローがどのような成長を遂げるのかが見ものである。主に女殺しの側面で。いやホント映画だけを見ると、自分からはマッタク何もしようとしないぶっちぎりのコミュ障ヘッドホン野郎なんですよね。すでに風花を毒牙にかけつつありますが。空っぽだからこそ、森山さんと素朴な会話が出来たりとかするのだろうけど。映画一章最後のキタローの微笑がどのような意味を持つようになるのか、もまた今後の見所でしょう。